今回もまた・・・鬼の眼にも涙である。

ワタシは30歳の時に空手の先生になったのであるが、

その2年後くらいだったか、2、3か月ほど稽古生がゼロになってしまったのである。

ま、この頃は自分が強くなることしか頭になくて、鬼みたいな先生だったのである。

そんな時に、他支部に所属してる中学1年の子が稽古に来るようになって、

その2か月後くらいにまた違う支部に所属してる小学1年の子が来て、

この2人とも、わざわざ遠くからワタシの稽古に通って来るようになったのである。

で、それぞれが「もっと稽古をしたい。」ということで、

ワタシは、それぞれに日を設けて、個人で稽古をつけることにしたのである。

これが、今のワタシの指導者としての原点である。

そうして、この2人と稽古をやっているうちに

人が人を呼び、知らないうちに稽古生が増えていったのである。

でも、この2人はもう、就職と進学でワタシの稽古には来てないのである。

「死ぬまで一緒に空手をやるゾ。」と、言うてやってきたのであるが、

残念ながら現実はそうはいかねーのである。

出会いがあれば別れがある。のである。

そんで、今年もまた、12年もの間、稽古に来てた子が一人、

関東の大学へと進学するためにワタシの空手を離れていくのである。

40歳のとき、ワタシは魂の師に出会い、生まれ変わったのであるが、

それ以前から稽古に来てる、最後のお弟子さんなんである。

ワタシの中の鬼を知る、最後のお弟子さんということである。

師に出会ってからは、空手のときは、

ワタシの中の鬼はどこかへとお隠れになるようになったのである。

そんなワタシの鬼を子供の頃からいつも心で観てた、この子たちは、

そんな鬼のワタシを慕ってくれて、ホントによくついて来てくれたと思うのである。

でも実際は鬼のワタシの悪心をこの子たちの純真な心が浄化してくれていたのである。

そうとは知らなかった当時の鬼のワタシは、この子たちをよー泣かせ、

そして、この子たちは涙を流してワタシを浄化してくれてたのである。

そんで、師に出会い、自分の中の鬼の存在を知らされたのである。

もし、この子たちとの出会いと稽古がなかったら、

おそらくワタシの中の鬼の大暴れのエネルギーは、

空手じゃないところでお出ましになって、「どうなっていただろーか?」と、

そんな人生を想像しただけでもオシッコをチビりそうである。

でも、今のワタシは鬼の調教に成功を収めたので、もう大丈夫なんである。

ワタシを使っていた鬼は、今はワタシに使われることになったのである。

で、今度はこの鬼のパワーの全てを優しさに変える調教中である。

それが出来たとき、ワタシ個人の空手はついに成就するんである。

って、こんな風にワタシを育ててくれた、このお弟子さんたちに心から感謝である。

そしてまた、ワタシの鬼にもヘタれないその心で、

「人生を大闊歩していただきたい。」

と思うんである。

遠く離れても、ずっと応援してるのである♪

出会いがあれば別れあり。進学という喜ばしい別れであるけれど・・・

やっぱり、別れというもんは、ちょっぴり淋しいもんである。

今回もまた・・・鬼の眼にも涙である。

咲 心太郎

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