空手は「癖」を正し、自分を正す・・・「自分という癖」の話

あなたが思っている、あなたという人間のほとんどは・・・

あなたが生まれてから今日までに身につけた・・・

kuse・・・クセ・・・くせ・・・

なんである。

 

多少は天から与えられたモノもあるが

痩せている太ってる、立ち方座り方歩き方から話し方考え方・・・まで

なんもかんも知らないうちに身についた「癖」なんである。

 

ちょっとだけヤンチャ!?という「癖」を身につけちゃったワタシという人間は

30代半ば頃までワタシの歩く町中がゴミ箱だったのである。

タバコの吸い殻をいつでもどこでもポイポイである。

まったくひでぇー「癖」のついた人間である。

 

ある日、そんなワタシに空手の神ちゃまが、ご降臨となり

「コラァ~ッ。そんな汚れた心では相手の技が見えんゾ!ゴミを捨てずに拾えッ!!」

とワタシに文句を言ってきたのである。いや叱られちゃったのだ。

 

人間にはビビらない癖がついたワタシだけれど神ちゃまにはビビる。おしっこチビる・・・

 

で、その日から稽古に行ったときだけ体育館のゴミを拾うようにしたのである。

ゴミを拾う姿を他人さまに見られて、もう、恥ずかしいったらありゃしないのである。

でも、神ちゃまが怖ぇーから5年くらい続けたのである。

そしたら

ポイポイが出来なくなっちゃったー!

ワタシは吸い殻をポイ捨て出来なくなってしまったのである・・・トホホ。

「吸い殻を捨てる癖」が「捨てられない癖」に変わったのである。

その代償が・・・

相手の技がよくみえる。・・・

見える。から・・・観える。

「見の目弱く、観の目強く」by 宮本武蔵

に変わったのである。コレ、代償って言っていいのかね。

そんでポイポイも体育館のゴミ拾いも辞めたのである。

 

なんで他人さまが捨てたゴミを拾わなアカンのや?

捨てたヤツがワタシみたいに神ちゃまに叱られろッ。

ま、たまに拾うけど、また神ちゃまに叱られるまではもう拾わないの♪

と、「癖」なんてーもんは変わる、変えられるのである。

こんな頑固なワタシですら変わったのである。

「癖」が変わると自分が変わるのである。

自分が生まれ変わるのである。

 

心の癖も身体の癖もみ~んな変えられるのである。

心の癖が変われば身体が変わるし、身体の癖が変われば

心が変わるのである。心と体は持ちつ持たれつなんである。

知らないうちについた「自分という癖」を少しずつ変えながら生まれ変わり日々を新たに生きるのである。

 

空手においても、基本や型稽古を正しくやり続けてると、立ち方や動き方・肉体そのもの

などが変わっていくのである。

そして知らない間に心も変わっているのである。

自分で気づく気づかないにかかわらず、自分が新しく生まれ変わり続けているのである。

空手は「癖」を正し、自分を正す。

誰が空手をお創りになったのかは知らないけれど・・・

素っ晴らしい空手の神ちゃまに心から感謝を申しあげます♪

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今朝、お弟子さんが送ってきてくれた「今日の白山の朝焼け」である。

昔はこんなん見てもなんとも思わなかったのに今じゃ感動モンの涙モンである。

「ワタシという癖」は白山ククリヒメちゃまという神ちゃまが大好き♡なんである。

神ちゃまって呼び方なんだけどさー、 おめー神ちゃまをナメてんだろ。

こういう文章の書き方の「癖」は変わらんネ・・・変える気もねーよーだ。

 

咲 心太郎

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