お昼ご飯を食べてからユーチューブを開くと
奈良県にある「玉置神社」の動画が出て来た・・・
何年前?だったか?
久しぶりに保江先生に会った時、
「アナタは玉置神社に行きなさい。」
と、突然、言われて行ったっけ・・・
で、
神社の本殿を参拝しても・・・
2千年?3千年?の大杉を見ても・・・
どこを参っても・・・
何とも思わない・・・
それで、
せっかく来たからと、
この神社のある「玉置山」の山頂を目指した・・・
すると、
その途中に「玉石社」という看板があったから、
そこを参拝しよーと社の正面に立った瞬間、
「ここ!や~!ここ!やったんや~!」
一緒に付いて来てくれてた嫁ちゃんに向かって、
ボクは叫んでいた・・・
その意味も分からず、理由もない・・・
ただ、
何とも言えない空気・・・
そこが、凄く心地よく感じただけだった。
で、
しばらく、そこで一人稽古をやった・・・
すると
急にガスがかかって来て、
辺り一面がとても幻想的に思えたのを覚えてる。
でも、
本当に「ここ!」だったのか?
保江先生に訊いてもいないし、
ボクは未だにわからない・・・
今日は、
その「玉置神社」の動画を観てたら
動画の最後は8分くらいだったか、
ただ「玉石社」を固定カメラで撮っただけ!の動画だった・・・
それを観て、2、3分経った頃、
突然、ボクに武者震いが起こった・・・
で、
しばらくすると目から涙がチロチロと流れて来た・・・
(え!おいおい!何でなん?)
全く自分でもわからん!
別に感動したわけでもないのに・・・
どっか病んでるんやろか?w
いや、
わたしゃ~、たぶん正常者!?です。w
ちなみに
この涙は、
何かさ、
歓びの涙☆
ってな感じです。
まぁ、
人間には、
「自分の知らない自分」、
「他人の知らない自分」、
「誰も知らない自分」、
この「3人の自分がいる」と教えられたことがあるけど、
「玉石社」を見て、涙を流して歓んでるのは、
「誰も知らないボク」ってことなんでしょ!?
ま、
こんなことを言ってること自体が、
正常者じゃねーよな・・・w
そんなボクは、
コロナが流行る数年前まで、
よく、いろんな神社に行った・・・
一人で、日帰りで、
「伊勢神宮」と「熱田神宮」をハシゴしたことだってある。w
マジで、空手の達人になりたくてさ、
それで、
達人の技は「神技」と呼ばれるから、
あちこち行っては、「神」との出会いを本気で探しまくったボク。
バカだろ?w
で、
未だに「神」に会ったことはないけれど・・・
そんな今では、
「神」の「存在」は確信してるし、
「神」の「力」が働いた実感や経験は何度もある。
それで、
わかったことは、
「自分の知る自分」
それが、どんな自分であろーと、
これを愛し、
これを大切にして生きていくこと!
である。
それで、
この変人、咲心太郎は、
バカみたいに空手の稽古とアイキ♡の修行に励むのであるが、
これは、
自分の身体と心という、
「自分の知る自分」を
少しでも良くしていく!ってなことだ。
昔は、
ただ「強くなりたい!」と、
サンドバックをバンバン突いたり蹴ったり、
コンクリート壁を突いたり、砂袋を蹴ったり、
筋トレをガンガンにやったり、
身体中を鉄アレイで叩きまくったり・・・
そんな稽古に明け暮れていた。
それで、
ボクは、けっこう強くなった・・・
でも、
これは、
「破壊」、「破滅」という「力」が強くなったのであって、
それで、
身体はボロくなり、心は固くなる・・・
そんな、
ボロい身体と固い心で歩む人生はどーなるか?
そんな稽古を徹底的にやったボクは、
それを徹底的に人生経験で知らしめられた・・・
これが「神」の愛♡という「力」の為せる業である。
「神」は決して、
自分の都合が良くなることをお与えになんかならねーのである。
どちらかと言えば、
間違いを正してくれる!
容赦なく!ネ。w
ま、
そこまでやる奴は、
そーはおらんでしょうけど。w
それで、
そんな「神」の愛♡の「力」に降参したボクは、
保江先生と畑村先生に出会うこととなって・・・
「廻れ~右!」
180度の方向転換をして、
今では、
咲心棒体操☆、立腰体操☆、練功法☆と、
最早、空手の「鍛錬」などとは呼べそーもない、
とても気持ちの良い体操などに精を出している・・・
それで、
正しい身体の使い方を学び、
正しい締め方、緩め方をやって、
その突きや蹴りも随分と変わった。
それで、もう、
そのボクの「技」は、
誰の身体も心も傷つけることは無い!
ボクのその「技」を喰らう者には、
「驚き」や「歓び」が与えられる。
とは言っても、
その相手や状況にも依るけど・・・w
そして
ボクのポンコツだった、あの身体は、
少しずつ子供時代の感覚を取り戻しつつある。
すると、
鉄のよーに硬かった、
あのボクの心までもが、
少しずつ、柔らかくなって行く・・・
そして、
そんな自分の「技」は、
どんどんと理解不能な「技」へと変わって行く・・・
これは、
あの「誰も知らない自分」の為せる「技」であろー。
「破壊」、「破滅」の稽古は自分の内へと力を籠らせてしまうが、
今やってる
「緩める」稽古は、内から外へと力が流れるようになる・・・
すると
「誰も知らない自分」の力が流れるのだ。
そして
ボクはますます信心深くなっていく・・・
そんなボクに
今日は、
「誰も知らないボク」が
歓びの涙☆を流してくれたのだろー。
全ては、
来る日も、来る日も・・・
「自分の知る自分」が、思うこと、やること次第・・・
その心の方向が正しければ、
「人事を尽くして天命を待つ。」
その結果が、
良くも悪くも・・・
それが真言となって、
このバカな話を
理解出来ることだろーw
咲 心太郎
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