「100%の信心」。

またTVでは第3波とか言って、コロナ、コロナと騒ぎ出したのである。

今まで報道されてきた諸外国の状況は、報道されたのとは全く違うってな話もあるし、

お米国の大統領選挙だって、まだ終わってなくて正式決定じゃないのに、

もう、次期大統領なんて言って報道してるのである。

いったい、何を信じたらいいの?

今や、真実を伝える報道なんて、ほぼない!みたいな世である。

なので、

自分を信じる。

そして、

自分の周りの人を信じる。

まぁ、報道が世界の真実を伝えよーが、どーであろーが、

世界を動かすよーなことはお偉いさんたちにお任せして、

ワタシら凡人は、まず、自分を信じることが大切なのである。

その自分で、周りの人を信じるのである。

生きてく上で一番大切なことは、コレ!である。

で、この「信じる」ってことはどーゆーことか考えたことありますかー?

考えるわけねーよな。

これね、簡単に使う言葉だけれど、実はけっこう深いのである。

「100%信じる心」になれる人間は、あまりいねーのである。

ってか、この「100%の信心」ってモノを知らねーのである。

例えば、信じてる人にお金を貸してあげて、

結局、借りた人がトンズラこいてお金を返してもらえないことになったら、

「信じてたのに・・・」

「裏切られた・・・」

と、思うのが普通である。

だけど、そう思ったのなら、

信じてはいなかった。

ということになるのである。

何言ってやがんだー、ばっきゃろー!

それまでは信じてたけど裏切られたから信じられなくなったんじゃねーか!

はいはい。そーですねー。

でも、それは自分では100%信じているつもりでいても、

0.0001%

信じていないそーで、

99.9999%

信じているということになるのである。

で、このたったの0.0001%を掴んで「100%の信心」の人には、

何でもない話で当たり前なんであるが、

この「100%の信心」になると、

「信じてたのに・・・」も「裏切られた・・・」も無いのである。

でも、そんな目に遭って気分が良いというわけでは、もちろんないのである。

ま、「何とも思わない。」だけである。

じゃー、「100%の信心」になんてならんくていいわい!

と、思われるかも知れないけれど、

なれたら、その良さがわかる♪

のである。

で、その自分で、周りの人も信じて大切にするのである。

でも、どーすればそーなれるかは、教えられねーのである。

こーして、「そーゆーもんがあるよー。」って情報を発信するのが限度である。

で、情報で知ったあとは、自分で経験して知るより他はねーからである。

って、誰も知りたがらんやろ。

いや、いるだろ。

咲 心太郎

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