空手 イズ my おんりー LOVE♡

「名将ノムさん」がお亡くなりになられちゃいましたね。残念です。

でも、どんな偉人でも凡人でもみんな死ぬんであります。

そんでそのうち忘れ去られちゃうのであります。

スゴい「愛妻家」でも知られてましたが、サッチーと同じ病気で逝くとはさすがですネ。

生前、「サッチーが迎えに来てくれん。」とボヤいていたそうな。

人類史上最低人間として生まれたワタシにも嫁ちゃんがおりますが

人類史上最低人間のワタシが嫁ちゃんを大切にするハズなんてあるわけありません。

若いときは博打、そんで空手にハマり家庭や家族なんて放ってやりたい放題のワタシ。

そんな10年前、師に出会ったときに

「アナタの空手は素晴らしいけど、あなたの奥さんがいいからですね。」

ワタシの嫁ちゃんのことを全く知らない師に言われ

(何をおっしゃいますの!ワタシが今まで命を懸けてやって来たからですよ!)

そんときは頭の中で逆らっていました。

そんなことも忘れた、それから5,6年経ったある日突然、

「オレって、嫁ちゃんのおかげで今が在る。」

と、特別なんかあったわけでもないのに

ただ、ふと思った。

のである。

師から学ぶというのはこういうことなんである。そんときは師の言うてることがわけわからないのである。でもワタシは師に対しては頭で逆らっても心は絶対服従なんである。だから言われたときは何言ってんの?と頭で思うけど心でちゃんと聞いているから心に入った師の教えが時間をかけて心から頭に入って来るんである。この師匠さん、相手に触れずに相手を崩す!なんていうスゴ技もお持ちになっていて、師に出会ってたった一度その技を喰らっただけなのに、その2,3年後に突然、ワタシもそれが出来てしまったのである。これも師の技をワタシの真心で受けたからである。そんでホメてもらえるだろうと師にメールをしたら「そんな特異な道を歩いちゃいけません。」と返信が来たのである。ワタシの脳みそは(自分がやって教えたくせに何でオレは出来たらアカンの?)である。しかし、このメールの意味も数年が経つと、「ふとわかる」のである。言われたときにすぐわかるというのはもうわかっていることなんである。学ぶというのはわからないことや知らないことをわかる、知るということである。わけわからない師の教えを心で聞き、人生経験という時間を経て、「ふとわかる」のが真の学び、心の学びなんである。そんで人類史上最低人間のワタシですら嫁ちゃんの有難みを心で知ったのである。人間は頭じゃなくて心が一番大切なんである。

男は女の手のひらの上で遊ばせてもらっているんである。

だから男は女を大切にしなくちゃいけないんである。

と言っても、ご機嫌取りをするんではないんである。

ワタシは嫁ちゃんの有難みを知っても

空手 イズ my おんりー LOVE♡

なんである。

相変わらずのやりたい放題である。

ただ昔のやりたい放題とは少し違うんである。

そんで、これからも人類史上最低人間のワタシで生きるのである。

コレ、嫁ちゃんが読んだら・・・どう思うんやろ?・・・嫁よ、心で読めよ♪

 

咲 心太郎

コメント