今日はちょっと深ぇー話をするゾー。
と言ってもワタシがワタシの人生で思う深さなんである。
ってことで浅はかな人生を歩んでいるワタシの深ぇー話ということであーる。
だからこの話の信憑性なんてのも読者さまの判断次第でぜんぜんないのであーる。
でも・・・
「信じたものは救われる。」
もしかしたらコレを読んだらあなたの人生が変わるかも知れないのである。
「変わる。」のであって「良くなる。」とは言わないところがミソなんである。
ワタシはズルい人間なんである。ダマしたりしないけど依存もさせないのである。
ほな、始めるネ、がんばって読んでちょ♪
「丹田と正中線ってなぁ~に?」
ついに来ましたネー、やっと自称ホラ吹き武道家らしい話ですねー。
「丹田」と「正中線」もしくは「中心線」。
どなたも一度は耳にしたことがあると思います。
「下っ腹に丸い球があって身体の真ん中を1本のまっすぐの線が通っている。」
ということです。
「そんなもんがホンマにあるんかいな。」
と思われる人が多いんじゃないかなーと思います。
「「ある」けど「ない」。「ない」けど「ある」。」
のであります。どっちやねん。
病院でレントゲンで撮っても写りません。じゃー、ねーやろ。
「「ある」と思う人にはある。「ない」と思う人にはない。」
という変わりモノなんです。実際にはどなたにもあるんですが・・・
「「ある」と思ってもなかなか自覚出来ない。」
というモノなんです。
意識の力で出来ていると言ったらいいのかな・・・
「下っ腹に丸い球があって身体の真ん中に1本の線があると意識するとある。」
なので、あると思って稽古をやってると知らぬ間に自覚が起こり始めます。
だけど自覚するまでの期間には個人差があります。
意識しなかったらおそらく一生自覚することはないでしょう。
ワタシは意識してやるようになってから自覚するのに7年くらいかかったと思います。
そしてまたこの「丹田」と「正中線」ってのは
「育つ。成長する。」
のであります。
ホントにちょっとずつですが丹田は大きく、正中線は太く育ちます。
なので、あると思って意識して正しく稽古を続けてると育っていきます。
また自覚が出来なくても意識してやっていれば育つという優れものでもあります。
だから正しい稽古を続けていきましょう♪
そしてこの「丹田」と「正中線」・・・
そのパワーとは・・・
豊かになった現代人、丹田も正中線もどこへやら。脂肪でお腹を膨らませても丹田はペチャンコのまんまである。
腹の丹田が凹めば背骨は曲がり前傾し正中線はグ~ラグラのフニャフニャである。
知ろうと知るまいと人間同士の無意識の間ではこの丹田と正中線の押し合いへし合いが行われているのである。
人生はこの無意識の影響を強く受けて形が創られていくのである。
ペチャンコでグラグラのフニャフニャな人間はペチャンコでグラグラのフニャフニャな人生になっていくのである。
それを望まない者は丹田と正中線を育て無意識に行われる押し競まんじゅうに負けないようにするのである。
その丹田と正中線は意識によるモノ。意識は心と精神の作用を受ける。
よって、肚を括る、覚悟を決める…などの心や精神によっても丹田が育ち、また夢や目標に向かう、希望を持つなどの心や精神によっても正中線が育つのである。
もちろんこの心と精神を持った行動の継続が必要であることは言うまでもない。
それには空手の稽古が適しているのである。
「丹田」と「正中線」が育った暁には大腕を振って人生を大闊歩である♪
しかし・・・
ワタシはもともと「丹田」がデカい人間だったみたいだけれど
そうとは知らずにずいぶんと「良くない心」で生きてきたから
デカい丹田による「良くない人生」を大きく味わうことになったのである。
大きなマイナスを取り戻すためにさらに「丹田」をデカく!の大苦労の人生である。
そうならないように「良い思考」、「良い心」も同時に育てることが大切である。
それが出来ない人は「丹田」は小っちゃい方が良いのである。
「丹田」と「正中線」で、みんなが「良い人生」を♪
咲 心太郎
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