先週、ジローのブログを読んで、我が咲心館の何人かの人が、
「自分は何のために空手をやってるんだろー?」
と、考えさせられたよーである。
強くなりたい、心身の調和、好きだから・・・
まぁ、人それぞれに空手をやる理由があると思うのである。
で、変人の咲心太郎は、この問いに対して、
変人らしい答えを書いてみるのである。
ワタシは、20歳の時に「ケンカに使える」から始めて、
30代には「心と精神を鍛え直す」に変わり・・・
40歳の時に
「空手をやるために生きる。」
「アイキ♡」を育て「アイキ♡」を伝える。
空手に異常に打ちこんで来た人生の答えがコレで、
ワタシの新たな空手、いや新たな人生の始まりでもある。
それまでは「死ぬまで空手をやる。」という義務的で受け身的だった心が、
「空手をやるために生きる。」という自主的で積極的な心に変わったのである。
で、もう、一生ブレねーのである。たぶん。
それまでは、みんなと同じく、
何かのために空手をやっていたのであるが、
「空手をやるために生きる。」になったワタシには
「何のために空手をやるか?」
てな疑問は消滅してしまったのである。
あえて空手をやる理由を言えば、
「生きているから。」
である。
生きていると、
あれをしなくちゃいけないとか
こんな人間にならなければいけないとか
生きてる内にこーなりたいとか
あれを手に入れたいとか
まぁ、義務的であれ、自主的であれ、
人生ではいろんな欲求や欲望が沸き起こるのである。
で、それらを手に入れられないと苦しみ、
手に入れてもすぐに飽きて手放して、新たに無いモノを欲しがる・・・
もう、こんなサイクルにうんざりする人生になっちゃったのである。
また人間関係においても、
ワタシが信頼し、ワタシを信頼してくれていた人さえも、
これまでに何人もの人が、気が変わり、心が変わり・・・
ワタシから去って行ったのである。
「信頼してくれてるから、何とか応えないと。」
信頼してくれるすべての人に、こう思い、精一杯やってきたけれど、
人は皆、気が変わる、心が変わる・・・
それを悟ったのである。
また変わることなく、信頼し、信頼してくれていた人たちもいたが、
病気などでお亡くなりになった人が何人もいて・・・
気変わり、心変わりしない人もワタシから去って行ったのである。
この2つのパターンの信頼していた人たちとのお別れには、
とても辛く、とても悲しく、とても虚しい思いをさせられたのである。
そして、
「人間はひとりぼっち。」
であることを悟ったのである。
が、その瞬間、
「空手」と「アイキ♡」だけはワタシから離れることはない。
ワタシが生きる以上「空手」はずっとワタシと共に在り、
ぼっちのワタシが生きる上で関わる大切な人を「アイキ♡」が繋いでくれる・・・
ワタシは「空手」と「アイキ♡」に守られていた!
ということがすごく腑に落ちたのである。
で、「空手の神」と「アイキ♡の神」が咲心館の御祭神なんである。
それまでは、自分のための「空手」と「アイキ♡」で、
「空手」と「アイキ♡」を自分にどう活かすか?と生きていたけれど、
この日から、
「空手」と「アイキ♡」のために何が出来るか?
これが、ワタシの
「空手をやるために生きる。」
ということである。
で、
より良い空手を創り、より良い人間関係を創る・・・
楽しい空手♪と笑顔の人間♪
これが咲心太郎の幸せで、生きる道・・・
そんで、いつの日か、
その幸せな気分のままで死ぬのが咲心太郎の夢☆
最後はみんなと笑顔でお別れする・・・
これを叶えてみせる!のである。
どーだ?
さすが変人の答えだろ。
参ったかー。
咲 心太郎
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