以前に所属してた道場のときを含めて、20年続けて来た日曜日の道場稽古が、
コロナちゃんの活躍で、2週前からおそらく無期限の活動休止である。
楽なんだけど、生活リズムが何だかヘンな感じである。
そんで、午前中は筋トレと一人稽古を少しやったのである。
で、お昼ご飯を食べて、ブログを書いているのである。
ブログを書いたら、また一人稽古をやるのである。
一人稽古は、お弟子さんたちに技や動きを示し教えるためでもあるが、
ワタシ自身への空手は最早、技を磨くとか体を鍛えるとか動きをどーするとか・・・
そんな欲求は、もー何にもないんである。
ただ、稽古をやるだけ!なんである。
で、心、精神、意識、氣という見えない力を浄化するように努め、育て、
自分のではない何かしらの力が、ワタシに働くようにしているだけなんである。
この力が働くとトンデモナイ技になるのであるが、
こういうトンデモナイ技が出来るように成りたいと頑張ってきたけれど、
こんなことが出来てしまうと、技や体よりも、心、精神、意識、氣という、
この見えない力が大切だということにワタシは気づかされたわけである。
この自分の見えない力を浄化することによって、他力の見えない力が働くのである。
そして、その力が働くための体も、もちろん大切なんである。
で、一人稽古で見えない力を浄化し育て、その技や動きをお弟子さんに示すのである。
ワタシの示す技や動きを繰り返すことによって、お弟子さんたち自身の見えない力が
磨かれていくということなんである。
自分の見えない力を浄化して育てるために、技や動きを稽古でやるのである。
そうして、正しい技や動きになれば、他力の見えない力が働くようになり、
自分の見えない力をさらに浄化し育て、ますます他力の見えない力が働く・・・
という、好循環が生まれるわけなんである。
この他力の見えない力が働くのが、真の武の道であり、真の武の技なんである。
この他力の見えない力を求め、稽古に励むのが、真の武道家である。
物質社会という、物に溢れ恵まれた現代社会において、昔のワタシもそーだったように
どーも、随分とこの見えない力がおざなりにされてきたように思うのである。
そんで、まだまだ未熟ながらも、こうしてブログでお伝えし、一人でも多く、
心、精神、意識、氣という見えない力を見つめてくれたらと思うんである。
でも、ワタシなんかの言葉では響くわけがねーので、
偉大なる武道家の言葉を借りるのである。
現代は物質、魄の世界である。しかし魂の花が咲き、魂の実を結べば世界は変わる。いまや精神が上に現れようとしている。精神が上に立たねばこの世はだめである。物質の花がいまや開いているが、その上に魂の花、魂の実を結べばもっとよい世界が生まれる。
物質の世界を見るにつけ、やはり六根の道をきれいに掃除しておかなければならない。つまったら雑音だけ入って来る。雑音が流れてくると、六根はことごとく悪に走ってしまう。つまり世を乱すことになる。世界を乱すことが一番の罪悪になる。心を磨いて六根の働きをば融通の変えやすいように、つまり魂の道を明らかにしておいたらよい。そうすれば六根は光となって表に現れる。しかし六根ばかり頼ってはいけないが、浄くしておかなければ世を乱すもととなる。
昭和の時代の偉大なる武道家の言葉である。
17,8年前に読んで、まったく意味がわからないのに衝撃を受け、
それからのワタシは六根の浄化という稽古に励んで来たのである。
そんで、最近、少し、この方の仰られていることがわかるように成れたんである。
志のある人は、六根の浄化という、素晴らしい稽古に励んでくださいね。
その技は六根の浄化に伴って発達していきますヨ。そんで他力になっちゃうけどね。
ほな、また一人稽古をやるんで、この辺で。
この道には、途中下車も終わりもない・・・
咲 心太郎
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